任天堂スーパーマリオ

テレビゲームの歴史を紐解いてみよう

ゲームと言うと多くの人は暇つぶしを連想することが多いかもしれません。

今やゲームは身近な存在です。子供たちはおろか大人までスマートフォンや携帯ゲーム機を手にして各々の時間をゲームへと注ぎ込んでいます。ゲームは身近で手軽な時間を潰す存在として、昨今では多くの人に認知されるようになりましたが、それこそテレビゲームしか無かったような時代ではそうではなかったのではないでしょうか。

famicom

テレビゲームというと、ファミコンと連想する方は多いかもしれません。
ファミコン、いわゆるファミリーコンピュータからゲームの歴史は花開いたと言っても過言ではないでしょう。ファミリーコンピュータはテレビにつないで遊ぶゲームです。当然遊ぶ場所は自分の家、向き合うのは自分の操作するキャラクターのみ。そこに対戦要素が絡んでくると白熱しますが、初期のテレビゲームは基本一人で遊ぶものを想定した作品が多いのです。

ゲームボーイ

ゲームの技術が進歩し様々なハードが登場するにつれ、多人数を想定したものが増えてくるころ、携帯ゲーム機も誕生しました。ゲームが持ち歩けるようになった時の衝撃は、言葉に出来るようなものではありません。町の公園でゲームをする、ある意味不健康な子供の姿が多く見られるようになっても、まだこの頃はテレビゲームは健在でした。友達の家に行くと決まって誰かがゲームしようと言い出し、テレビの前に子供達が群がる。もはや自然減少と言っても過言ではありませんでした。

ゲームの進化は目覚ましいものがあり、今もなお新しいハードが出続ける一方である懸念が示されています。それは、据え置き機…テレビゲームの衰退です。ゲームの進化は喜ばしいことですが、進化と共にゲームのスタイルは年々変化の道を辿っています。

人々の間では、ゲームはのめり込むものから気が付いた時にやるものへと認識の変化が起こっています。スマートフォンや携帯ゲームでも、ハイクオリティなゲームが遊べるようになり、わざわざテレビを起動する必要があるテレビゲームから、子供の心が離れて行っているのです。ゲーム会社はそれを防ごうと、日々魅力的な作品を出し続けていますが、皮肉なことに技術の進化が子供達の心変わりを誘ってしまっているのではないでしょうか。

それでも世界でテレビゲームが売れ続けるのは、其れを求める人々がいるからに他なりません。このまま技術が進歩し続ければ、テレビゲームは娯楽を超えた存在になれるかもしれません。